「業務の効率を上げたいので、AIも教えてください」
支援している経営者や個人事業主の方からよくいただくご相談です。
私はAIも話を喜んでしますし、実際、伴走先では目に見える変化が起きています。
・3時間かかっていた資料作成が15分になった。
・議事録が自動で起こされ、タスクの所要時間が見積もられて、
カレンダーの空き枠に作業時間まで入るようになった。
・「考える時間がない」が口癖だった経営者に、
週に一日の空白ができたこともありました。
それでも、この相談を受けるたびに、私は一つの問いを添えるようにしています。
「効率化して何をしたいですか?」「生まれた時間を、何に使いますか?」
きょうは、この問いの背景にある、少し耳の痛い話をします。
まずは、昨年日本でいちばん本気でAIに振り切った会社で、この1年に何が起きたかという話です。
■ 生産性20倍。それでも動かなかったもの
2025年2月、DeNAの南場智子さんは「AIにオールイン」を宣言しました。
約3,000人で回している現業を、AIの力で半分の人数で維持・成長させる。
浮いた半分の時間と人材は、まるごと新規事業の創出へ振り向ける。
宣言として、これ以上ないほど明確な目的です。
1年後の報告を見ると、効率化は本物でした。
一部の開発プロジェクトでは人が5%・AIが95%で、生産性はおよそ20倍。
法務のリーガルチェックは工数90%減。品質管理の工数は半分。
ところが、です。
南場さんは、新規事業への人材シフトが「思ったほど進んでいない」とビジネスカンファレンスで率直に認めました。
理由がまた、身につまされるものでした。
社員は空いた時間に、これまでやりたくてもできなかった仕事を、自分でどんどん詰め込んでいったというのです。
サボったのではありません。むしろ逆で、真面目だから埋まった。
そして今年6月、南場さんは15年ぶりに社長へ復帰します。
会社が掲げた理由は、経営スピードと事業モデルの変革とされていますが、
私はこの「時間やリソースが空いたのに、動かなかった」1年への強い危機感が背景にあるように感じています。
※以下の動画は南場さんによるDeNAの一年の成果
■ 空いた時間は、真空にならない
この構図、私がコーチングやコンサルの依頼を受ける現場で見ているものと、まったく同じです。
効率化に成功した会社ほど、空いた時間が静かに消えていきます。
会議の準備が半分になれば会議が増える。
資料が速く作れるようになれば、資料の本数が増える。
空白は真空のままでいてくれません。
机の上の書類が、空いた引き出しへ流れ込むように埋まっていく。
誰のせいでもないのです。埋めているのは、その人の中にある「自分の仕事とは何か」という古い定義。
ここで、整理しておきたい境界線があります。AIにできることと、できないことの線です。
時間は、AIで空けられる。ここは疑う余地がありません。
でも「自分の仕事は何か」という定義は、AIには書き換えられない。
AIがやるのは定義を古くすることまでで、書き換えは本人にしかできません。
そしてもう一つ。「ホントにやりたいこと」は、AIが来ようが来まいが、変わらない。
AIの登場で古びる類のものではないのです。ただ、日々の忙しさの下に埋もれていくだけで。
(もしくは、ホントの自分のやりたいこと、あるべき姿が今も分かっていない)
つまり、こういうことになります。
仕事の定義は、更新するもので、環境や目的が変われば変化します。
やりたいことは、自ら発掘するもの。
南場さんは以前、AIが指示どおりに動く未来でも「起点は人間」だと語り、その力を「起点力」と呼びました。
物事を起こす意思、夢中になる力、欲求。
私はこの言葉を、時間の使い方のうまさではなく、この二つ——定義の更新と、やりたいことの発掘——の力として受け取っています。
■ ではどうするのか?
では、明日から何をするか。大きな話はしません。
いま提案しているのは、時間が浮いたと気づいたとき、
もしくは効率化したいと思ったときに3行書くことだけです。
手順には元になった研究があるので、順に触れておきます。
一行目。「いま、私の仕事の定義は何か」。一文で。
これは組織心理学でジョブ・クラフティングと呼ばれる考え方の入口です。イェール大学のエイミー・レズネスキーらが2001年に提唱した概念で、人は与えられた職務をそのまま受け取るのではなく、作業の範囲・関わる相手・そして「この仕事は何なのか」という認識そのものを、自分で作り替えている。この3つ目、認知の書き換えがいちばん静かで、いちばん効きます。メタ分析でも、自分から働きかける型のクラフティングは仕事の充実感や成果と関係することが確かめられています。
二行目。「もし明日、丸一日空いたら、本当は何がしたいか」。
三行目。「それを、いま止めているものは何か」。
二行で終わらせないのがポイントです。願望だけを思い描くのは、心理学では実はあまり効きません。効くのは、望む未来と、それを阻んでいる現実を対にして考えたとき。ニューヨーク大学のガブリエル・エッティンゲンらが体系化したこの手順は、「もしXになったら、Yをする」というif-then形式の計画と組み合わせると、行動が変わりやすくなります。21研究・約1万6千人を束ねたメタ分析では、効果量g=0.34。派手な数字ではありませんが、紙とペンで3分の介入としては十分に意味のある大きさです(出版バイアスの指摘もあり、実際はもう少し小さい可能性も含みで見ています)。
うまく書けなくて構いません。一行目はすらすら書けるのに二行目で手が止まる人もいれば、その逆の人もいます。どちらで止まったか——そこが、あなたのいまの調律ポイントです。
そして三行目まで書けたら、最後にもうひと押し。
障害が見えたら、その場で「もし〇〇になったら、△△する」の形に変えておく。「もし木曜の午後が空いたら、新規事業の資料を30分だけ開く」。
この一文があるだけで、実行の確率は変わります。
書けた3行が、去年とまったく同じだったら。それは安定ではなく、点検の合図かもしれません。コーチなどの第三者と対話を行い自己理解をさらに深めるのが良いでしょう。
あなたの「仕事の定義」は、AIが来る前のままになっていませんか?
AIが来ても変わらない「ホントにやりたいこと」は、埋もれたままになっていませんか?
■ 今日のポイント
・時間はAIで空けられる。でも空いた時間は、古い「仕事の定義」が真面目さによって埋めにくる
・定義はAIが古くするが、書き換えられるのは本人だけ。やりたいことはAIと無関係に不変で、ただ埋もれる
・浮いた時間を埋める前に3行。「私の仕事の定義」「明日まる一日空いたら何がしたいか」「それを止めているものは何か」。願望だけでは効かない、障害とセットで書く
■ よくある質問
Q. まずAIを学ぶのが先ではないですか?
A. 学びは必要です。ただ、DeNAほど学んで使い倒した組織でも「その先」で止まりました。道具の習得と、時間の行き先を決めることは、別の仕事です。並行して構いません。ただ後者を後回しにすると、習得の成果ごと日常に吸い込まれていきます。
Q. 部下やチームには、どう使えますか?
A. 「空いた時間で何をしたい?」といきなり聞くと、業務のToDoが返ってきます。DeNAの社員がそうだったように。先に「あなたの仕事の定義」を一緒に言葉に認識を再確認するのが順序です。定義が新しくなると、時間の使い道は、聞かなくても変わり始めます。
